大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 昭和46年(ワ)3045号 判決 1972年2月25日

原告

五十嵐典

ほか一名

被告

千代田ニチエー株式会社

主文

一  被告は原告らに対し各金三、五八五、三六九円およびこれに対する昭和四六年三月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求はいずれもこれを棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の、その余を原告らの、各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  被告は原告らに対しそれぞれ金七五〇万円およびこれに対する昭和四六年三月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに第一項につき仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁

一  原告らの請求はいずれもこれを棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第三請求の原因

一  (事故の発生)

訴外亡五十嵐賢治(以下、「亡賢治」という。)は、次の交通事故(以下、「本件事故」という。)により死亡した。

(1)  発生時 昭和四五年三月二〇日午前九時二〇分ごろ

(2)  発生地 とま小牧市沼の端二二九番地先路上(以下、「本件道路」という。)

(3)  加害車 普通貨物自動車(札四す九二六四号)

運転者 今井裕化古(以下、「訴外今井」という。)

(4)  被害者 亡賢治(加害車に同乗中)

(5)  態様 訴外今井は亡賢治を同乗させて加害車を運転して本件道路を進行中、先行車を追越すべく中央線を越えて対向車線に進入して進行し、おりから対進してきた横田宣明運転の車両に加害車を衝突させた。

(6)  結果 その結果、亡賢治は頭がい骨骨折の傷害を受け、即死した。

二  (責任原因)

被告は加害車を所有してこれを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により亡賢治および原告らが被つた損害を賠償すべき責任がある。

三  (損害)

(1)  亡賢治の逸失利益とその賠償請求権の承継

亡賢治は、昭和二三年七月二九日生れ(本件事故当時二一才)の男子で、昭和四五年三月には北海学園大学を卒業し、同年四月一日より被告に就職して勤務する予定のものであつた。しかして同人の逸失利益の現価は次のとおり四九、四一三、五九三円と計算される。

1 就労可能年数 五五才で停年退職するまでの三三年間

2 収益、生活費の控除および逸失利益現価 被告に勤務していた場合の初任給(月額)は三五、〇〇〇円で、その後毎年一〇%づつの昇給が見込まれていたものであり、また、毎年月額給与の四・五か月分の賞与が支給される予定であつた。そこで、右各年毎の収益の二分の一を生活費として控除し、残余の現価を各年別にホフマン計算法により算出すると、その合計は別表のとおり三〇、〇一〇、九三三円となる。

その他、原告が停年時まで被告に勤務したときには当時の月額給与の六五・六か月分に相当する退職金が支給される予定であつたから、その現価は次のとおり一九、四二〇、六六〇円となる。

738,918×65.6×0.3773(ホフマン計数)=19,420,660

3 逸失利益総額 従つて、亡賢治の逸失利益総額は、次のとおり、四九、四一三、五九三円となる。

30,010933+19,420,660=49,413,593

原告らは、亡賢治の父母であつて、相続人のすべてであるから、亡賢治の右逸失利益の賠償請求権を二分の一づつ相続により承継したものである。

(2)  葬儀費用

原告らは亡賢治の葬儀費用として二七四、九六四円を支出し、同額の損害を被つた。

(3)  慰謝料

原告らが長男である亡賢治を失つたことに対する慰謝料は各一五〇万円とするのが相当である。

(4)  弁護士費用

原告らは本訴の提起追行を弁護士である本件原告ら訴訟代理人らに委任し、着手金として既に四〇万円を支払つたほか、成功報酬として一二〇万円を支払うことを約した。

四  (損害のてん補)

原告らは自賠責保険金として各二五〇万円を受領したので、その限度で原告らの損害はてん補された。

五  (結論)

よつて、原告らは被告に対し右損害賠償金の内金として各七五〇万円およびこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四六年三月二〇日から支払ずみまで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第四請求の原因に対する答弁ならびに抗弁

一  請求原因第一項(事故の発生)、同第二項(責任原因)の事実は認める。

二  同第三項(損害)中、亡賢治の年令、同人が昭和四五年三月に北海学園大学を卒業し、同年四月一日から被告に就職して勤務する予定であつたこと、その場合の初任給が原告ら主張のとおりであること、原告らが亡賢治の父母であつて、相続人のすべてであること、原告らが亡賢治の葬儀費用として二七四、九六四円を支出したことはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。被告就業規則によれば、「定期昇給は原則として毎年四月二五日に行い、昇給の資格及び率、若くは額はその都度これを定める。但し、事情により臨時昇給を行なうことがある。」とされているにとどまり、原告ら主張のような率で定期昇給がなされることのがい然性はない。また、被告は昭和二一年七月に設立された中小企業であるにとどまり、社員の平均勤続年数も四ないし五年であつて、亡賢治が本件事故なくば以後三三年間にわたり被告に勤続したはずであるとすることもできないところである。また、被告就業規則には賞与に関する定めもない。

三  同第四項(損害のてん補)の事実は認める。

四  被告は昭和四五年三月二八日原告らに対し葬儀費用相当分として二七四、九六四円を弁済し、また、それ以外にも同年三月二三日に原告らに対し一五万円を一部弁済した。

五  亡賢治は本件事故当時アルバイトとして被告の業務に従事中であつたのであるから、業務上の災害として原告らは労災保険給付を受けることができるのであるから、その限度で原告らの損害はてん補されたものというべきであつて、損益相殺がなさるべきである。

第五抗弁に対する答弁

被告主張の抗弁事実は否認する。

第六証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因第一項(事故の発生)、同第二項(責任原因)の事実はすべて当事者間に争いがなく、自賠法三条により被告が亡賢治および原告らが本件事故によつて被つた損害を賠償すべき責任があることは明らかである。

二  そこで、亡賢治および原告らが本件事故により被つた損害について判断する。

(1)  亡賢治の逸失利益とその賠償請求権の承継

亡賢治が昭和二三年七月二九日生れ(本件事故当時二一才)の男子で、昭和四五年三月には北海学園大学を卒業し、同年四月一日からは被告に就職して勤務することに内定していたこと。その場合の初任給が三五、〇〇〇円であることはいずれも当事者間に争いがないところである。そして、〔証拠略〕をあわせると、亡賢治の卒業したのは右大学経済学部であつて、同年四月から三か月間は見習期間として被告東京本社において研修を受け、その後営業部に所属して勤務することが見込まれたこと、被告会社の給与体系は男子につき年令別の本俸(一六才の一〇、〇〇〇円を最低とし、二一才一三、〇〇〇円、最高は五五才の四七、〇〇〇円)、二、五〇〇円から三五、〇〇〇円まで五〇段階にわたる職能手当、一〇、〇〇〇円から二四、〇〇〇円にわたる業務手当、その他役職手当、扶養手当、住宅手当などよりなること、その就業規則によれば、定期昇給は原則として毎年四月二五日に行い、昇給の資格および率はその都度定めることとされており、原則的な基準と目すべきものはないこと、二年以上勤続したときにはその年数に応じ本俸の二か月分から六五・六か月分が退職金として支給されることになつていること、その就業規則には賞与に関する定めはなく、従つて、社員の勤務成績や会社の営業成績に応じて期毎に定められるものと推認されること、以上が認められ、〔証拠略〕は措信しがたく、亡賢治の初任給が三五、〇〇〇円であることは当事者間に争いはないものの、その後毎年一〇%の昇給がなされたであろうことおよび毎年月額給与の四・五か月分に相当する賞与が支給されたであろうことを認めるに足る証拠はない。

以上のとおり被告会社の給与体系においては、いわゆる本俸の占める割合が比較的小さく、本人の勤務成績や会社の営業成績如何に依存する職能手当、業務手当等の割合が大きいために、未だ就職が内定していたのみで勤務実績のない亡賢治について将来得べかりしであつた収益を具体的に認定算出することは著しく困難であるうえ、今後の職業生活も長期にわたり転職する可能性も否定できないところであるから、かかる収益の具体的算定に代えて、亡賢治が生命侵害により喪失した労働能力それ自体を評価算定する方法によるのが相当である。かかる場合に亡賢治が各期毎に得べかりしであつた収益を具体的に算出することに強いて固執するならば、得べかりしことのがい然性の高い最少限度の本俸のみに限り、未だ就職先の内定していない被害者で抽象的算定によらざるを得ない場合に比しての不衡平を承服するか、さもなくば将来の極めて不確定な事実を確実なものとする虚構性に目をつぶるかのいずれかを結果し、妥当でない。

しかして、亡賢治の将来の職業生活につき、右に認定した以上にはこれを個別化する事情のみられない本件にあつては、同人が本件事故によつて喪失した労働能力は次のとおり評価算定される。

(1) 就労可能年数 事故時より四〇年間

(2)  基礎年収額 一、〇二五、二〇〇円(昭和四四年賃金センサスによる新制大学卒業の男子、産業計、企業規模計の所定内給与額および年間昇与その他の特別給与額による。)

63,300×12+265,600=1,025,200

(3)  生活費控除 右年収の五〇%

(4)  中間利息控除 複利年金現価率による(係数=一七・一五九〇)

(5)  現価 1,025,200×0.5×17.1590≒8,795,703

そして、原告らが亡賢治の両親であつて、相続人のすべてであることは当事者間に争いのないところであるから、原告らは亡賢治の右損害の賠償請求権を各二分の一(8,795,703×0.5≒4,397,851)づつ相続により取得したこととなる。

(2) 葬儀費用

原告らが亡賢治の葬儀費用として二七四、九六四円を支出したことは当事者間に争いのないところであるが、右支出を本件事故による損害となしうるためには、その支出費目が社会の習俗上必要かつ相当と認められるほか、その総額においても社会通念上相当といいうる限度でなければならないと解すべきであるから、亡賢治の年令、職業、その他の事情に鑑み、右の支出のうち二〇万円を以つて本件事故と相当因果関係のある損害と認める。そして、両親たる原告らが共同して右葬儀費用を支出し、その内部的な負担割合につき特段の主張立証のない本件にあつては、原告らは平等の割合で各一〇万円づつ被告に賠償請求しうるものと解すべきである。

(3) 原告らの慰謝料

〔証拠略〕によれば、亡賢治は男二人、女二人の原告らの子のうちの長男であつたことが認められ、その他以上に認定の諸事情に照すとき、原告らが亡賢治を失つたことに対する慰謝料は各一五〇万円とするのが相当である。

三  以上のとおり、原告らは被告に対し各五、九九七、八五一円を請求しうるものであるところ、原告らが自賠責保険金として各二五〇万円を受領したことは当事者間に争いのないところであり、また、〔証拠略〕によれば、被告は原告らに対し、葬儀費用名下に二七四、九六四円を、社長あるいは総務部長名の香典として一五万円(香典との名目であつてもその額が右の程度に達するときはなお損害てん補性を有するものと解される。)を支払つて一部弁済したことが認められる。そして、被告の原告らに対してなした一部弁済は原告らが被告に対して請求しうる損害額に応じて(すなわち、各二分の一づつ)分配さるべきものであるから、結局、原告らはそれぞれ二、七一二、四八二円(2,500,000+274,964×0.5+150,000×0.5=2,712,482)につきその損害がてん補されたことになる。

なお、被告は、亡賢治は本件事故当時アルバイトとして被告の業務に従事中であつたから、業務上の災害として原告らは労災保険給付を受けることができるから、その限度で原告らの損害はてん補されたものというべきであるとするが、現実にそのような保険給付がなされておればともかく、そのような可能性があるということの一事をもつて損害がてん補されたということのできないのは当然である。

四  従つて、原告らは被告に対し各三、二八五、三六九円を請求しうるものであるところ、弁論の全趣旨によれば、被告はその任意の支払に応じなかつたので、原告らは本訴の提起追行を本件原告ら訴訟代理人に委任し、弁護士費用として既に着手金各二〇万円を支払つたほか、成功報酬として各一〇万円を下らない金員を支払うことを約したことが推知されるので、本件事案の内容、審理経過、認容額などに照し、右各三〇万円を被告に負担させることとする。

五  よつて、被告は原告らに対しそれぞれ右の合計金三、五八五、三六九円とこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四六年三月二〇日から支払ずみまで民事法定利率の年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務があるので、その限度で原告らの本訴請求を正当として認容し、原告らのその余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上敬一)

別表

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例